真珠の豆知識
真珠の歴史

■古代人と真珠

美しいものに心奪われるのは、古代人も現代人も同じことですね。マリー・アントワネットはダイヤと真珠がとてもお気に入りだったようです。また、クレオパトラと真珠のエピソードは今もなお語り継がれ、あまりに有名です。何万個という貝の中から1粒でてくるかどうかの偶然に、古代人はさまざまな創造を巡らせ、「人魚の涙が海の底で真珠になった」「満月の夜、月の雫を飲み込んで貝が大切に育てたものが真珠である」など数多くの神話や伝説もうまれました。その神秘的な存在ゆえに歴史の中で早くから人々を魅了してやまない宝石として大切にされてきたのですね。


■真珠の語源

真珠という言葉は、日本では日本書紀にその記述があります。珠というのは「河海で産する円形の玉」という意味があるようで、その中でも特に美しく 光り輝いたものを真珠と呼んでいたようです。
英語の「PEARL」は真珠が中世ラテン語の「PIRULA(西洋梨)」の形に似ていることに由来するといわれています。ちなみに「マーガリン」はギリシャ語で「真珠のように光り輝く」という意味があるんですね。




■天然真珠から養殖真珠へ


真珠は他の宝石のようにカットや研磨することもなく人の目を射る輝きを放ちます。
また世界中の数々の書物や説話、神話に真珠が登場することからも「最古の宝石」であるといえるでしょう。その真珠へのあこがれを背景に18世紀、近代科学の発展と共にその成因についての探究が始まりました。人々の試行錯誤は長い間続きましたが、科学の発達はついに、その生成原因を突き止めました。
そして20世紀初め、今から約100年前、御木本幸吉たちによる真円真珠養殖法の発明を契機に、養殖真珠の時代に入ります。

天然真珠をたちまちのうちに席巻した養殖真珠(アコヤ真珠)は世界の市場を独占しました。その一方で、日本の養殖技術者たちは、アコヤ貝以外の真珠養殖に適した貝を求めて世界の各地を探し回り、着実に成果を上げていきました。

今日では私たちの目にする真珠はほとんどが養殖真珠です。
天然真珠と養殖真珠は、核になる異物が貝の体内に偶然入ったか、人工的に入れられたかという違いだけで、作られたメカニズムや成分は同じですから、どちらも自然の力なしでは形成する事はできず、真珠そのものに優劣はないといえます。
21世紀を迎えた今日、アコヤ真珠の多くは依然として愛媛県、三重県をはじめとする日本の海で生産されています。しかし中国や韓国、ベトナム沿岸でも量産化が急速に進んでいます。白蝶真珠はオーストラリア、インドネシアの2大生産国を中心に、フィリピン、タイ、ミャンマーなどの広い地域で産出されています。黒蝶真珠は「タヒチ真珠」とも呼ばれるように仏領ポリネシアの島々で大量に生産されており、現在も南太平洋の国々が生産にチャレンジしています。

淡水真珠は生産の舞台が中国に移り、ヒレイケチョウガイによる増産に拍車がかかっています。このように日本が生産を独占していた時代は終わり、真珠の養殖もさまざまなな種類が国際的規模で行われてきています。




■ヨーロッパでの養殖真珠の排斥運動
 
    〜御木本幸吉の苦難〜

養殖真珠が世界に認められるまでの道のりは厳しいものでした。
真円真珠の養殖が軌道にのり、世界に向けてを精力的に養殖真珠を広めていった結果、思わぬ危機にも直面します。
初めてロンドンの市場に送り込んだ真円真珠。色といい光沢といい形といい完璧な御木本真珠は、天然真珠より二割五分も低い価格で売り出されました。これはそれまでの真珠市場にセンセーションを巻き起こします。
大正10年の5月4日付けのロンドン最大手新聞社・スター紙は、
「某商人が日本産の養殖真珠を天然真珠として発売したが、それは驚くべき精巧な品物で、切断しなければ見分けがつかない。このサギ物真珠の出現は、市場に大恐慌をきたし始めた。」という排斥記事を掲載。
ついにはフランスの商工会議所を中心にミキモトパールの輸入禁止運動へと激化します。
これは期せずして、生物学者たちにも課題を投げかけることとなり、結局、裁判をおこした幸吉は、生物学の立場から救われることとなります。
「天然真珠と養殖真珠の違いは、種玉が人工か否か、種玉に真珠層を巻かせるきっかけを人工的に行うか否かであり、真珠層そのものに違いはない。つまり、真珠の場合は、本質的に天然も養殖も変わらない」というフランスの学者の発表が決め手でした。
この騒ぎにより、御木本真珠は多くの人の関心を集め、品質の良さからも広くその名を知れ渡らせたのです。



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